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■白虎隊のお話2(日新館での勉強)

 この絵は、生徒たちが先生について、素読(そどく:漢文のよみかた)を教わっているところです。
 日新館に入学すると、はじめに素読所にはいります。ここで6〜7年ほど勉強をし、試験によって その上の 講釈所にはいって勉強することに なっていました。
 ここの生徒は、「生徒の什」というグループをつくり毎日、学校から かえってくると きまった場所にあつまって 勉強のことや、心の修養になること などを、話し合っては励みあっていました。そしてまた、小さい子供たちの 集まりである「遊びの什」を親切に指導したりしていたのです。
 こうして、会津武士としての すぐれた素質は生徒たちの自主的な態度のなかから 次第に養われていきました。
白虎隊の人々は、素読所を終わって 次の講釈所に入学する年齢でしたが、不幸にも戊辰戦争が はじまったため 学校は とざされてしまい好きな勉強も できないままに終わって しまったのでした。

 会津は昔から武道の盛んなところでした。この絵は日新館の武学寮で剣道の稽古に はげんでいる ところです。
 稽古は師範と締まり方(しまりかた:かんとくする人)が指導にあたりました。稽古は たいへん厳しいものでしたが、生徒たちは一人もなまけるものがなく元気なかけ声を道場いっぱいにひびかせていました。
 武道には剣道のほかにも色々ありましたが、学校の外でも先生の道場やその他の稽古場が沢山あって、生徒たちはそういう場所でも稽古をしていていました。
 当時、剣道の道場は22か所、弓道は7か所、槍術は4か所もありました。そのほか、柔道、馬術、居合、薙刀、砲術などを加えるとずいぶんな数になります。
 こういう盛んな、修練によって会津藩の子供たちは文武両道を実践する、基礎を確立していったのです。


 
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