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薬用植物園

昭和34年、藩政時代の薬草栽培地跡を整地して薬草標本園として発足し、名勝を薬用植物園としました。
約400種類に及ぶ薬草・薬木が栽培されている上、歴史も経ている事で、東北では貴重なものとされています。

御茶屋御殿

今から約300年前に作られた木造茅葺平屋建の数寄屋です。主として茶席・書院・御慰所として用いられていたようです。戊辰戦争では西軍傷病者の治療所にあてられ、戦火をまぬがれました。

■戊辰戦争と御薬園

戊辰戦争の中、御茶屋御殿は敵である新政府軍の戦傷者の治療所にあてられていました。そのため、戦火の中にあっても御薬園は長屋門が焼けおちたほかは、建物・庭園とも敵軍の蹂躙もなくほとんど昔のままの姿で残りました。建物の柱には、今でも大きな刀痕が残っており、戦いの激しさを物語るものの一つです。



現在、資料室・売店となっております。抹茶や蕎麦もお出ししていますので、是非お楽しみ下さい。
(詳しくは御薬園での食事へ)


楽寿亭

御茶屋御殿と同じ頃に建てられた、木造茅葺平屋建の建築物。心の字池に浮かぶ亀島にあります。

重陽閣

秩父宮勢津子妃殿下ご一家が泊まられた新滝旅館が昭和48年に移築されるにあたり、その場所をゆかり深い敷地内に定め移築されました。
建物の名前は勢津子妃殿下の誕生日が9月9日であったことこら「重陽」の名をとられたとのことです。

※9月9日は「重陽の節句」別名「菊の節句」です。

■御薬園会席料理をお楽しみいただけます。
 詳しくは「御薬園での食事」をご覧下さい




その他見所

●男滝・女滝
庭園は四季折々の変化を楽しませてくれますが、長い間にわたって変わる事のない姿を残しているのは池の形と石組です。その変りない変化を与えているのが池にそそぐ川の流れと男滝・女滝です。男滝は狭い石組を勇壮な奔流となってしぶきを飛ばし、女滝は広いなだらかな石組を、静にしなやかにすべり落ちていきます。 男滝の先にある石は、水分石といわれ、奔流をさらに引き立てているかのようです。


石灯籠
庭園の添景として配される石灯籠は、茶道の流行によってもたらされたものといわれます。はじめは、純然たる夜間の照明の目的で園路の道しるべや休憩所などにおかれたり夜景の風情を楽しむものであったのが、やがて庭園の添景物として大切な役割をもつようになりました。

女滝の近くの園路の石灯籠は笠が浅くて広い雪見灯篭です。


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