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福島県指定重要文化財 茶室麟閣(りんかく)

鶴ヶ城公園内にある、千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室です。

お客様がお茶を楽しめたり、定期的に茶会が開かれたりしております。

戊辰戦争後、城下に移築され保存されていましたが、平成2年に元の場所である鶴ヶ城内へ移築復元されました。
茶室 麟閣
麟閣鶴ヶ城公園内にあります 。アクセスは鶴ヶ城公園をご覧下さい。

入園料金
 入園料金 1〜29名 30〜99名 100名以上
大人
(高校生以上)
200円 180円 160円
(※小中学生は無料でご入場できます)

麟閣の歴史

麟閣の床柱

■上の床柱は、千少庵みずから削った赤松の床柱と伝えられています。
■ この茶室は東日本では珍しい草庵風の茶室です。
 豊臣秀吉の奥州仕置きによって天正18年(1590)蒲生氏郷が会津に入り(42万石のち92万石)、近世的支配を確立していきました。
 氏郷は織田信長の娘婿であり、器がおおきく勇猛な武将であるうえ、この時代を代表する文化人で、特に茶道に親しみ、のち利休七哲の筆頭にあげられるほどでした。

 天正19年(1591)2月28日、千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられ、千家が茶の湯の世界から追放された折り、氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんでその子、少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。
  その結果、文禄3年(1594)と推定される「少庵召出状」が出されたのです。
 小庵は京都に帰って千家を再興し、千家茶道は一子、宗旦(そうたん)に引き継がれました。

 そののち宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。 かくまわれている間、氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。

 しかし、戊辰戦争で会津藩が敗れ、明治初年、鶴ヶ城が取り壊される際、石州流会津怡渓派の森川善兵衛(指月庵宗久)は貴重な茶室の失われるのを惜しみ、明治5年(1872)5月、自宅へ移築し、以来百二十年にわたり、森川家はその保全に努めてこられました。
 会津若松市では平成2年9月12日、市制90年を記念してこの氏郷少庵ゆかりの茶室を後世へ伝えるため、鶴ヶ城内の元の場所へ移築いたしました。

 
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